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最高裁判所第三小法廷 昭和56年(あ)608号 決定

本店所在地

東京都葛飾区堀切五丁目五番三号

三共商事株式会社

右代表者代表取締役

高野忠雄

本籍

東京都葛飾区青戸五丁目一五一番地

住居

東京都葛飾区青戸五丁目一三番一〇号

会社役員

高野忠雄

大正一二年二月二八日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和五六年四月一日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人井上正治の上告趣意のうち、憲法三七条一項違反をいう点は、記録上認められる本件事案の内容、審理経過等に徴すれば本件の審理が著しく遅延したとは認められないことが明らかであるから、所論前提を欠き、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でないから、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 環昌一 裁判官 横井大三 裁判官 寺田治郎)

○上告趣意書

被告人 三共商事株式会社

同 高野忠雄

法人税法違反被告事件(昭和五六年(あ)第六〇八号)

昭和五六年六月二日

右弁護人 井上正治

最高裁判所

第三小法廷 御中

原判決は、憲法第三七条第一項にいう被告人の「迅速な裁判」を受ける権利(迅速裁判の保障)を侵害したものとして、憲法同条同項に違反し、且つそれはいわゆる高田事件において被告人の迅速な裁判を受ける権利を侵害したものとして免訴を言い渡した最高裁判所大法廷判決(昭和四七年一二月二〇日、刑集二六巻一〇号六三一頁)に違反する判例違反があるものといわなくてはならない(刑事訴訟法第四〇五条第一号および第二号)。

一、原審における審理の経過をまず要約しておくと、次のようになる。

第一審判決言渡日 昭和五三年五月一九日

控訴趣意書提出日 同年八月二一日

検察官の答弁書提出日 同五五年一月二八日

控訴審第一回公判期日 昭和五六年一月二一日

同第二回公判期日 同年二月二五日

控訴審判決言渡日 同年四月一日

すなわち、第一審判決言渡日から控訴審判決言渡日まで二年一〇か月余を経ており、控訴審の第一回公判期日まででも二年八か月を要した。検察官の答弁書の提出も、被告人の控訴趣意書の提出日から一年五か月余を経ているのであるから、これもまた遅いといわなくてはならないし(刑事訴訟規則第二六六条、第二四三条)、第一回公判期日はその答弁書の提出日から更に一年後のことである。

かくて本件は、最高裁判所事務総局の刑事事件統計処理の上からは、「長期係属事件」ということになる(長期係属事件とは右統計処理にあっては係属二年を超える未済事件ということのようである)。しかも、「長期係属」して本件の終局処理があったというのではなく、第一回公判期日が開かれるまでに既に長期を要したというところに、本件の特徴がある。そこで一層問題が深刻になるように思われる。本件は、第一回公判期日が開かれるや何ら事実の取調べもなく一挙に終結しているのであって、「事案複雑」というものでもなく、被告人が逃亡していて長期係属に至ったというものでもない。長期化しなくてはならなかった事由は何もない。

最高裁判所事務総局刑事局の発表に係る「昭和五四年における刑事事件の概況(上)」(法曹時報三三巻二号一一三頁以下)によると、控訴審記録受理から終局までの審理期間三年以内のものはわずかに〇・八%(八六五一件中七三件)にすぎず(約八五%は半年以内に処理されている)、その第一一四表に掲げられているような長期化の事由(たとえば第一審記録のぼう大、証人調べに多数の公判を要した、鑑定に時日を要した、計算関係複雑、事実・法律関係複雑、紛議のため実体審理が進ちょくしなかった、公判期日の変更・延期多数又は指定困難、弁護人の交替・多忙、証人の病気・所在不明等)は本件にはまったくなかった。もし本件において敢えて考えるならば、そこに長期化の事由として掲げられているもののうち、「裁判官の更送・部構成の変更」「他事件優先」がその事由だったといえなくはないが、もしそうだとすると、それは裁判所の事件の堆積という「裁判所の寄与した遅延」(court-created delay)という面倒な問題を惹起する。「迅速な裁判の保障」という観点に立つとき、この「裁判所の寄与した遅延」の問題は、もつとも反省を要する問題となる。

二、「迅速裁判の保障」は、もともと司法制度に内在する本質的要請であり、憲法によってはじめて与えられた保障ではなく、むしろ憲法による保障以前の問題である。憲法第三七条第一項は、この憲法以前の訴訟的要請を被告人の権利という側面において把えたものといわなくてはならない。迅速裁判の保障はこのように被告人の権利だとすれば、それは裁判所の義務としてあることになる。それ故、迅速裁判の保障は、他の憲法上の保障規定に散見されるようなたんなるプログラム的規定ではなく、具体的に強行力を予定していなくてはならないと解すべきである。

そこで、最高裁判所も、これと同じ趣旨から、右のいわゆる高田事件に関する大法廷判決において、次のように判示している。

「憲法三七条一項の保障する迅速な裁判をうける権利は、憲法の保障する基本的な人権の一つであり、右条項は、単に迅速な裁判を一般的に保障するために必要な立法上および司法行政上の措置をとるべきことを要請するにとどまらず、さらに個々の刑事事件について、現実に右の保障に明らかに反し、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判をうける被告人の権利が害せられたと認められる異常な事態が生じた場合には、これに対処すべき具体的規定がなくても、もはや当該被告人に対する手続の続行を許さず、その審理を打ち切るという非常救済手段がとられるべきことをも認めている趣旨の規定であると解する。」

次に、「迅速裁判の保障」において、公判開始の遅延の問題は、訴訟終結の迅速性がいわれる以上に、被告人の基本的人権にとり深刻な問題を提起することを指摘しておかなくてはならない。

「迅速裁判の保障」は遠くマグナ・カルタにまで遡るが、アメリカにおいては、連邦憲法修正第六条が明文をもって迅速な裁判を保障する。わが憲法第三七条はこの修正第六条を母法としたものである。連邦ではこれを受けて刑訴規則をおく(第四八条b)。アメリカの各州憲法には、ほぼこの修正第六条に類する規定があるといわれている。その他アメリカ諸州の規定をみると、制定法が逮捕や勾留から起訴までの期間の制限その他迅速な公判開始の規定をおくのが通例である。たとえば、予備審問で勾留命令が出た後一定期間内に大陪審を召集して審理し、起訴も一定期間内にしなくてはならないとされ、また正式起訴状またはインフォーメイションが提出された後には一定期間内にトライアルが開始されなくてはならないのである。アメリカにおけるいわゆる「迅速裁判の保障」とは、訴訟終結の迅速性の保障のことか起訴や公判開始の迅速性の保障をいうものかに争いがあるが、右のごとき諸規定の構造から見て、アメリカにおいては、むしろ、訴訟開始の迅速性の要求のことと解すべきである。けだし、多くの州では、「迅速裁判の保障」を享受するには、被告人の積極的な審判開始の要求が必要とされているから、そこから裏返してそう解釈できるのである。

この点についてわが国の学説にも必ずしも見解の一致をみないが、そこでいかなる見解をとるにせよ、公判開始の迅速性の要請は、訴訟終結の迅速性の保障に劣らずそれにも増して、一そう重視されなくてはならない。

この意味において、原審が第一回公判期日の開始までいわゆる「長期化」したことは、「迅速裁判の保障」という被告人の基本的人権からみてきわめて厳しく責められなくてはならない。しかも、原審には被告人の責に帰すべき正当化事由はなにもないのである。

三、いわゆる右の高田事件において、最高裁判所大法廷判決は、この正当化事由の問題について、次のごとく判示した。

「審理の遅延が右の保障条項に反する事態に至っているか否かは、遅延の期間のみによって一律に判断されるべきではなく、遅延の原因と理由などを勘案して、その遅延がやむをえないものと認められないかどうか、これにより右の保障条項がまもろうとしている諸利益がどの程度実際に害せられているかなど諸般の情況を総合的に判断して決せられなければならないのであって、たとえば、事件の複雑なために、結果として審理に長年月を要した場合などはこれに該当しないことはもちろんであり、さらに被告人の逃亡、出廷拒否または審理引延しなど遅延の主たる原因が被告人側にあった場合には、被告人が迅速な裁判をうける権利を自ら放棄したものと認めるべきであって、たとえその審理に長年月を要したとしても、迅速な裁判をうける被告人の権利が侵害されたということはできない。」

さきにも述べたように、本件においては、訴訟遅延の事由と推測されるものは、裁判所における事件の堆積以外にはない。これは迅速な裁判の保障を考えるときの正当化事由にはならない。もちろん現在の司法機構の中において、事件の渋滞はある限度ではそれもやむをえないものとして非難できないばあいのあることはいうまでもない。しかし、そのことを一応認めるにしても、本件のごとく、控訴趣意書提出の後第一回公判期日が開かれるまで、二年五か月を経たということでは、事件の渋滞ということをもって本件の正当化事由にすることはできない。二年五か月も要したということでは裁判所における通常な事態とはいわれないのである。

このようなばあい、被告人としては、積極的に審判の開始を要求すべきであり(いわゆる「要求の原則」)、その要求のないかぎり訴訟の遅延もまた被告人の責に帰すべきものとして裁判所は正当化されるというべきだろうか。

アメリカでは時期に即して訴訟開始の要求を提出しないと以後訴訟の遅延に不服を述べえないとされている。しかし、この問題についてはアメリカにさえ異説があり、次第に相当ひろく例外が承認されてきた。わが国では被告人に迅速裁判の保障を与えるのにこの要求を前提とすべきではない。けだし、わが国では、「迅速裁判の保障」は、アメリカのように制定法に規定されていて誰の目にも明らかというものではなく、抽象的な憲法上の保障にとどまる。それが憲法で保障された制度であるということに逆に重大な意味があり、かくて「迅速な裁判」はさきにもみたごとく裁判所の義務としてもあるのである。迅速な裁判は被告人の享受すべき基本的人権であるが、それとともに、裁判所の義務としてあるところが重要である。「迅速裁判の保障」が裁判所の義務として把えられるところに、それは被告人のために実行力をもつに至るのである。迅速裁判の保障は、かくて論理的にはむしろ第一次的には裁判所の義務であると見る以上、裁判所にとり、被告人の「要求」がないことを理由に、訴訟の遅延が正当化されることになるものではない。

四、本件に似た事例を一、二あげてみると、控訴申立後控訴審の公判が開かれるまで、約五か月というものは最大判昭和二三年一二月二二日(刑集二巻一四号一八五三頁)、一一か月を経たものとして最判昭和二四年三月一二日(刑集三巻三号二九三頁)、約一年五か月かかったものは最判昭和二五年七月七日(刑集四巻七号一二二六頁)がある。本件事案における遅延はその比ではない。二年一〇か月余を経たのである。

この遅延につき原審になんら正当化事由のないところから、本件は、右のいわゆる高田事件の最高裁判所大法廷判決に即し、免訴されるべきである。

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